1 歴史を学ぶ
敷地周辺街区及びまち全体の歴史ビジョンに基づき街区全体を統合するような、骨格動線となる「回廊」を提案します。
700有余年の歴史を持つ刃物のまち関の、中世から交通の要であった街道 「往還の大路」は、現代において公共交通の鉄道としてその役割を継承しています。関刃物文化の発祥の地である春日神社、後堀河天皇勅願の新長谷寺や善光寺、千手院など古からまちの中核点を結ぶ通りと住まう人々の営みとともに、やがて東西南北の街区が熟成した街となりました。大きな街道が集まる交通の大動脈として栄えた「往還の大路」は、そのような都市街区形成の歴史的骨格であり、刀剣歴史の起源であるこの地区は大路とともに栄えた街全体の要、関市の象徴の場所であります。世界に、未来に向けて、関市の刃物文化と交通の要である扇型街区を中心とする潜在的街の歴史骨格を、この地区の総合的整備により顕在化させ、街の由緒・由来や歴史文化の系譜を未来に継承する市民の誇りとし、観光の中心的象徴・シンボルとしてその意義を発信する好機と考えます。
関に生まれ育つ子供達が、関の歴史を学び誇りを持てる拠点としての整備が求められています。百年公園の岐阜県博物館とは別に、関市としての歴史を学び郷土への愛情を育む必要があります。授業の一貫として市の歴史の起源や系譜を学び、文化財と刀匠の技を見て、刃物にまつわる多くの体験をし、産業文化の発展と現代の刃物産業の実際を識る。そのような広く深い郷土資産をこの地区で小さい頃から体験することにより、関市に誇りをいだき仮に一旦市外に出る時期があっても、故郷の歴史文化産業の価値と魅力を顧みやがて戻って生活したい、という世代循環にまでつながっていくこととなるでしょう。
2 交通アクセス
刃物ミュージアム回廊整備において、アクセスについては街区内一体の考え方が必要です。街区内全施設のアクセス・駐車場、街区内外出入口ルート、観光バスや今後予想される路線バスルート、さらに併設を期待される長良川鉄道駅舎も含め、総合的に調査・予測・検討の上、包括的な方針(ビジョン)が示されるべきです。
春日神社はこの地を訪れる主目的のひとつとして大きな役割を担いますが、現在一般駐車場がなく、特に祭事やお正月には訪問者のアクセスに対応できていません。関鍛冶伝承館は本年度の増築により駐車台数は減りますが、今後観光客の増加に伴うアクセスルートの安全利便性と台数を確保しなければなりません。交通アクセスについて各施設が個々の考えでは、街区全体の総合的な利便性は図れません。統合意図のもと駐車場の共用化と相互間の最善アクセスを優先順位にすべきと考えます。次年度、街区東側都市計画道路(西本郷一ツ山線)開通後は交通量も確実に増えます。エリアを統合するアクセス一体化概念は、街区の安全性と観光力を大きく高めることになります。
NTT駐車場を今後利用できる前提もあり、統合化の考えによりこの駐車場用地が位置的に街区内の中心になります。春日神社境内中央能舞台西の塀を(西鳥居を設け)開き、駐車場内通路延長の関川に橋を渡せば、エリア一帯が東西に結ばれます。駐車場南では関鍛冶伝承館・関所茶屋に直接繋がり、ここがエリア中心の回廊広場となります。NTT建物エリアの将来構想(例えば宝物館)と合わせ東西南北軸の中心的要になります。
市民提案の「回廊」という言葉の潜在的真意は、温故知新の作法と揺るぎない歴史文化の正統性をこの地に求める、人びとの“心の声”ではないかと感じられます。エリア主施設の在り方、繋ぎかた、統合化をアクセスから考えれば、まず主要素に分節しそれらを出来るだけ直接的に結び、その動線に接する共通駐車場を持つことが街区再構築の基本と言えます。古からの春日神社に敬意を払えば、それらを結ぶ設えにある種の格調と厳粛性が予感され、「回廊」という表現が共有されるに至ったと思われます。
3 景観への配慮
まちの景観(townscape)、街路景観(streetscape)、観光景観(tourism landscape)の観点から、明確な考え方や総合的な配慮、提案が必要です。街の歴史を尊重し顕在化する俯瞰的配置計画や、街路、鉄道からの視線、回廊一体を散策する中で心地よい明快で美しい景観配慮が必要です。歴史性を顕在化する「回廊」の名にふさわしい骨格動線の歩廊と、整然とした配置計画や点線面の奥行ある構えと設えが、敬意を持って街に人々を迎え入れる景観となります。かねてからその呼び名「回廊」とは何か、どこなのか、未来に継承していくその命名の拠り所をどう考えるかを問われています。本事業はその問いに明確に答えるものでなければなりません。回廊の要件である骨格性、歩廊、回遊性というものが必要と考えます。
景観とは遠景、中景、近景そして鳥観、俯瞰さらに歩行、車、電車からなど動的ビューの検討が必要です。扇型の線形に沿って優雅に走る長良川鉄道「長良」との、景観的演出が重要になります。道路からは街路軸と“春日の杜”を意識した景観配慮が必要です。関鍛冶伝承館や関所茶屋も屋根型を持ち、関川の桜並木と共生する伝統的な景観を形成しているので、歴史性や環境と調和する配慮が求められます。大きな駐車場にも植栽や安全な通路の演出でそのボリューム感を抑える手法も必要です。現状、回遊の主動線は春日橋になりますが、その先は片側民家の狭い蛇行の道が続き、見通しも期待出来ません。街区内中央で各施設を東西に直結する歩廊を設けることは安全なアクセスを確保し、関川の親水景観を高め、エリア名の「回廊」に合理性を与えます。このような動線配置においては景観を楽しむ作法―遠景・中景・近景、通景(見通しvista)という景観的演出―の可能性が高まります。外周街路からの景観、鉄道乗客の景観、敷地・建物アプローチの通景、ドローン・グーグルアースの俯瞰などそれぞれに対する明確な景観意図が表現されます。
視覚的に市民が慣れきってしまっている電波塔を冠するNTTの巨大建物は、初めてこの歴史観光地を訪れる人びとには奇異に映ることでしょう。街区一帯および周辺のどこからも見え、(景観的には負の)“ランドマーク”になっています。歴史文化性と併存が難しく無人の大きなボリュームは時代の役目を終えつつあるので、その機能移転が望まれます。歴史文化観光のエリアを“春日の杜”に調和する街並みとして整えていくことが必要です。その過渡期・移行期間として、現在常勤使用はされていない建物の1階部分を、刃物会館の展示即売やまつわるイベントなど、将来統合に向けて街区の融合一体性を感じさせる利用が考えられます。建物寿命を全うしながら、街区の歴史・未来ビジョンに寄与する官民“コラボ”の強調性は市民の理解も高めます。
4 観光振興の観点
長良川鉄道の明確な位置付け、理念が必要です。観光とは「sightseeing」、景観・景色を楽しむことでもあります。計画地から春日神社までを含む一帯の観光・景観地区にすべきその入り口に、観光アクセス両輪の一方公共交通長良川鉄道の乗客、観光客におもてなしの配慮としての建物配置および駅舎計画が必要です。今日、まちの再開発・再整備で公共交通が直近にある場合、それを核とすることは必然です。(仮に諸要件で同時併設が難しければ、将来設置を計画の前提とすべきです。)長良川鉄道のお客様を暖かく迎え入れる駅併設の計画で、「関市は長良川鉄道を中濃観光の主軸に立て直した。」と言われ、その意欲とビジョンをアピールすることができます。
「刃物ミュージアム回廊」という場所名が駅名となり、世界に発信できる千載一遇のチャンスです。鉄道「長良」が中濃地区を北に昇竜する扇型転換点は、この刃物ミュージアム回廊の景観ポイント(フォトジェニック)となり、遠景、中景、近景、通景、鳥観、俯瞰の各ビューを演出する配置は、歴史景観は言うに及ばず観光の目的とも整合します。美濃市のうだつの町並み、郡上市の水と共生する古い家並み、などの面的魅力に匹敵する修景づくりは、「景観まちづくり」としてまちの魅力を高めます。電車が接近する時のワクワクした通景・見通しが配慮された観光地となり、駅併設の地名度、経済波及効果、情報発信力は計り知れません。また経済では測れない、住民や今後を担う若者にとっての未来への期待と夢を抱かせます。リニア駅や中部国際空港へつなぐ新線構想に呼応する公共交通総合地区整備とし、本計画地が軌道の要になる長良川鉄道を、未来へつなぐ「往還の大路」として、関市・美濃市・郡上市の中濃観光大動脈と位置付けることが観光理念となります。
春日神社には61もの国指定重要文化財である能装束と、63の県指定重要文化財の能面があり、刃物祭りの1日だけ一般に公開されますが市民にあまり知られていないことは大変残念です。そのような春日の文化財やこの街にある多くの歴史的文化財をまとめて、市民や観光客に常に開く「宝物館」(現NTTエリア構想)を街区の主要施設の一つとしてエリア価値を高めることも観光文化施策として重要と考えます。
まちづくりの観点から、このような歴史と文化・産業・観光を様々な角度から掘り下げ総合的に価値と魅力を高め、行政と産業界、地元が一体になりビジョンに謳いあげるような、特筆すべき観光まちづくり事例として広く知られることとなります。まちそのものに加えてその歴史性を未来に向けて顕在化する考え方と長期に渡る景観まちづくりは、地域活性の核となり、観光客の増加のみならずまちづくりのお手本となるでしょう。
5 建物の配置と性能
(1)「個別理念」の観点
1)都市計画、用途地域
現状関川の西側は準工業地域、東側は第1種住居地域を、街区ビジョンに基づき関市都市計画マスタープランで、歴史・文化・産業・観光・教育の拠点になる総合特別区域として指定することを提案します。
2)全体配置計画、点線面
街区全体で刃物ミュージアム回廊の名称に相応しいまちの顔(風格と歓待)、まちの歴史・文化・産業を表現します。現状不連続に隣接する各施設を連結統合する全体配置動線計画が必要です。将来併設を考慮する鉄道駅、観光バス、路線バスも加え、交通アクセスと駐車場を街区一体的に考え、施設間を駐車場とともにわかりやすく繋げる動線が回廊となります。
点である個(の魅力)が線で結ばれ通りとなり、縦横の街路網に発展し、まちを面として、総体的な魅力と価値を創り出します。その象徴としてこの街区のビジョンを示すことが、魅力的まちづくりの核となります。歴史を拠り所とする街区内各ゾーン毎の、機能とそれらの関係性を高める動線を明確にするマスタープランに基づき建物配置が決定されます。
3)「回廊」と回遊性
「回廊」とは洋の東西を問わず、回遊性を持つしっかりとした歩廊を指します。ただ繋がっている通りを “回廊”と呼ぶのではなく、街区全体を明確に貫く直線的通りを設けることにより、現状の細く蛇行する通りが活き豊かな回遊性が創られます。同時に建物内部も表と裏を作る構成ではなく、建物両面(全面)を表とし内・外周を回遊できる平面計画が求められます。
街区の春日神社、鍛治伝承館、関所茶屋、NTTエリア(および市街全域まで)を統合するような未来像(ヴィジョン)として、「回廊」と呼ぶにふさわしい街区全体を直線的に貫く歩廊軸を設け、中世から鍛冶場と街を分ける結界(関川)に象徴的な「歴史と未来への観光の架け橋」を渡します。直線東西軸の新たな力強い“男橋(おばし)と、位置形状と由来ゆえ春日大社の朱色に因み“女橋(めばし)”に喩える春日橋は、回遊の物語性を高めます。
4)関川との親水性、外部回遊性
施設と回廊が積極的に関川との親水性を高めるよう建物を川沿南北軸状に配置し、前面遊歩道には桜と呼応する常緑並木を考えます。水際にも降りられる南北に連続する親水スペースは、建物・回廊と呼応するアメニティ(心地よい環境)空間となります。西の関川、東の吉田川、北の蛍川の3川は市街を囲む重要な景観要素であり、先駆けとしてこの地での施設一体の魅力的な提案が求められます。現況の水際への階段は古く、ユニバーサルデザインには合っていません。お年寄、車椅子の方もこの水際歩道まで降りて雰囲気を楽しむことができるような、ゆるい階段やスロープ、エレベーターの設置も検討すべきです。
多くの人々による様々な外部アクティビティに、有機的に対応することが望まれるイベント広場は、施設内外の連続性も必要です。イベントのない日常においても回遊歩廊の一部として快適な憩いの外部空間になります。
飲食施設は関川に面する主施設と並んで、市民一般の利便性も考慮し国道側に配置されます。飲食機能エリアは街区全体の景観と調和し、回遊親水性と強調します。
(2)「基本理念」(機能、安全・安心、快適、維持管理、コスト)の観点
1)駐車場と建物配置
身障者や弱者、また荒天時のアクセスに考慮が必要で、駐車場は建物入口に近く配置すべきです。一般車、タクシー、家族の送迎、観光バスや路線バスに加え、将来の駅舎併設(の可能性)、救急車、消防車を考えても車による直近アクセスは基本要件です。一般解の駅ターミナル形式とし、軒が深く間口の広い建物前面に駐車場を配置することにより、多くの利用者が容易に施設に出入りできるようになります。
2)建物空間と外観
関市は日本一の多治見市に次ぐ暑さもあり、機能に応じ開き方を考慮した環境(採光や熱負荷)に優しい空間が必要です。外部空間は夏の猛暑、冬の極寒には辛い環境となるので、内部回遊もできる動線配置が望まれます。周辺歴史環境と建物性能を考慮し、伝統的な屋根型と軒先の空間を作り気候に耐え、内外の活動を支えます。
2、3年に一度は30cmほどの積雪があり、近年の異常気象はさらに強まる傾向にあります。積雪、残雪、落雪や台風豪雨にも考慮した方位と屋根形状・勾配が環境的に求められます。
3)多目的ホール
テーマ・目的により外部に開きながらも落ち着いた空間とし、集中が必要なことも多いので開きやすく閉じやすいスペースが必要と考えます。シアター、セミナー、講演等のイベントや有料貸し会議室などの利用のため、視聴覚設備、音響機器およびライトコントロールの照明設備も備えます。基本性能を満たすために、特殊な装置や手間が余分にかからない配慮が必要です。
イニシャル(建設)とランニング(機器故障を含む維持管理)コスト、目に見えない人的労力にも配慮が必要です。
4)工事費と維持管理、表現性
プログラムから建築費条件は、市の地域交流ゾーンは坪単価約90万円、民間の刃物会館は約70万円程度となり、それぞれの費用に見合った計画が必要です。特異な表現性に偏らず在来工法を基本とし長期間の性能維持を旨とすべきです。
ハード面における建物維持管理の生涯費用は、建設費の約2.5(〜3)倍と言われています。積雪漏水などに配慮する基本性能に加え、空調効率やお客様対応のソフト部分にも配慮が必要です。
関市景観計画にもあるように、「不易流行」の思想は時代における文化発展の基本であります。流行の積み重ねに不易の本質がありますが、また「奇を衒う」がために本質を危うくすることにもなります。地霊(ゲニウス・ロッキgenius loci)という考え方(地歴を尊重して建物を考える)が重要であるこの地においては、一過性になりかねない耳目を引く手法よりも、歴史の長さに呼応する年月に耐えられる普遍性を骨格としながら、効果的な部分・部分に「時代の新しさ」を織り交ぜる姿勢が相応しいと考えます。
6 運営の問題
賑わいを継続的に演出する専門家、本施設を含め街区全体の歴史・文化・観光・産業・教育を統合リードする専門家が必要です。目的によりプロデューサー、インキュベーター、スーパーバイザー、アドバイザーなど色々なエキスパートが考えられます。そういった専門家がプログラム段階から深く関与し、設計にも参加し、開館後の運営を引き継ぐべきと考えます。歴史文化観光の知見や賑わい作りの経験と、何よりも「意欲」と「志」のあるプロを館長として早く公募することが必要です。
岐阜メディアコスモスは、公募の岩手県立児童館初代館長の吉成信夫氏が活気ある運営を続けています。可児市文化創造センター(ala)は、衛紀生氏が舞台芸術環境フォーラムや県立宮城大学の客員教授を経て、館長兼劇場総監督として10年間で観客数を約4倍に増やしました。国登録有形文化財である美濃加茂市旧伊深村役場庁舎改修の地域交流カフェ運営者に、1年間調査に通った岐阜市の鳳川伎連に所属幇間の辰次さんが選ばれました。
結論
700有余年という歴史の重みを顕在化させ、その価値を未来のひとびとにレガシーとして継承するという「理念」と「志」が重要です。十分な検討考慮やビジョン(市の将来像)の市民コンセンサスがないまま進むことに危惧を覚えます。過去の長い歴史を学び受け継ぎ、将来に残すものとは何か。関の未来の子どもたちに何を伝えるのか。国内外からの観光客に何を記憶に留めてもらうのか。隣接・連続する自治体や県内国内はもとよりグローバルに、地域活性やその唯一無二の個性のあり方を問い学び、方向を見つけ目的を「志す」、ということの意義を市民が共有できるような進め方が望まれます。